Complete text -- "小泉首相は「耐震偽装」を何故語らぬ?"

30 December

小泉首相は「耐震偽装」を何故語らぬ?

 恐らく今年最大の社会的事件である「耐震設計偽装」問題は、この国の社会の腐った病巣をさらけ出した。今のところその拡がりは「姉歯」以外では確認されていないようであるが、最も安全な場所であるべき「自宅」が、いつ倒壊するか分からないという「不安全」な代物であったという衝撃は、極めて大きなものであった。これほどの事件に対して、小泉首相は全く沈黙を守っている。これは何故なのか?

 自民党、とくに森派の政治団体「清和政策研究会」、あるいはその所属議員へ、今回疑惑の対象になっている企業やその社長個人から献金やパーティー券購入があったことは、いくつかの週刊誌・日刊紙などの報道で明らかである。森派は今月8日、受け取った政治献金やパーティー券購入代金、計660万円を全額返却したという。こうしてこの事件については、早く幕を引きたいという思惑が自民党にはありありであった。
 まず11月25日、武部幹事長が「悪者探しに終始すると、マンション業界つぶれますよ、ばたばたと。不動産業界も参ってきますよ。景気がこれでおかしくなるほどの大きな問題です」とぶちあげた。この余りに非常識な発言は、強い非難を浴びた農水相時代のBSE問題に関する発言とそっくりであった。また自民党の態度の象徴が、12月14日に行われた証人喚問における渡辺具能議員の尋問である。持ち時間40分の内、実に30数分を自分に意見開陳に当て、姉歯元建築士の発言は僅か6分であった。余りのひどさに、実況中継中から700本もの抗議の電話か自民党本部に掛かってきたという。
 
 恐らくこの事件の主犯格であろう小嶋進ヒューザー社長は、個人的に森派の伊藤公介元国土庁長官に48万円、ヒューザー社としては100万円のパーティー券を購入している。別に03,04年と続けて森派のパーティー券を各100万円購入している。
同じように姉歯に設計させた千葉県白井市のマンションの建築主、「東日本住宅」も04年伊藤元長官と森派のパーティー券各60万円を購入している。
強度偽装を見落とした民間確認検査機関最大手、「日本ERI」の鈴木崇英社長は、04年4月、森派のパーティー券100万円購入、同派幹部で森内閣の官房副長官を務めた上野公成前参議院議員(建設省OB)に04年7月、300万円献金している。彼は検査業務の民間開放を推進した。鈴木社長が02年5月まで社長であった「UG都市建築」も、01〜03年に森派のパーティー券計300万円購入している。
同様偽装を見落とした検査機関、「イーホームズ」藤田東吾社長は、伊藤長官時代の秘書官、吉原修都議に02〜04年合計401万円の献金をしている。
もう一方の悪役らしい木村建設は、園田博之自民党政調副会長に02〜04年、計120万円のパーティー券を購入した。

これらの金が政治家に流れた時期は、姉歯建築士が偽装に手を付けたのは98年からとされているので、その設計に基づいて偽装マンションやホテルが次々に立てられた時期に一致する。これは何を意味するのか? ばれたときの政治的解決を期待したのか、あるいは検査態勢の不備を国交省の責任として、公的資金を引き出すことを期待したのか、何れにしても何の期待もなく金を出したとは思えない。そう考えると、武部発言の真意も推測出来るというものである。

献金の効果か、12月14日の証人喚問には、森派に献金した小嶋、藤田、鈴木の各社長は喚問からはずされた。12月21日の衆院国土交通委員会の理事会は、小嶋喚問を要求する野党と、反対する与党との間で荒れに荒れ、与党議員の怒号の中、小嶋社長の証人喚問見送りが決まった。理由はいつものように「検察による大規模な捜査が始まったから」というのであった。
 ところが翌22日、与党は突然小嶋社長喚問の受け入れを決めた。世論の厳しさを考慮した官邸の意向とされる。野党側は伊藤公介元国土庁長官の参考人招致も要求している。伊藤氏は偽装公表2日前の11月15日に、小嶋氏を国土交通省の担当課長に会わせている。伊藤氏は自ら潔白であるというのなら、堂々と国会で弁明するべきだろう。

ところで参考人あるいは証人として国会で語られたのは、姉歯元建築士以外は、偽装には全く責任がないという主張であった。互いに責任は他にあるという言い分で、まさに「藪の中」である。しかし多くの人が感じているように、この事件は共同謀議とまではいわないまでも、暗黙の「業界ぐるみの詐欺犯罪」であることは確かであろう。
朝日新聞(12月1日および2日)が報じたところに従って、それを時系列的に検討してみよう。

姉歯建築士の偽装に最初に気づいたのは、渋谷にある設計事務所(以下A事務所と呼ぶ)である。東京都港区のビルの設計を元請けした神奈川県の設計会社(以下B社と呼ぶ)が、03年11月頃、構造設計を姉歯建築士に初めて下請けに出した。翌年1月、日本ERIが建築確認をした。しかし図面を見た設計会社は、「何か危ない」と感じ、A事務所にチェックを依頼した。
A事務所の代表は04年1月、10階建てビルの図面を一目見てすぐに異常に気づいた。直径32mmの鉄筋を17本入れるべき1階の梁が、図面では直径25mmの鉄筋が5本しか入っていなかった。地震時にかかる力を、本来の基準の1/4まで落として計算されていた。
驚いた代表は、日本ERIの審査担当者にも会って「こんな図面が建築確認を通っていたら大変だ。他にも例がないか確かめてはどうか」と忠告した。すなわち日本ERIは、姉歯の不正を1年以上前から知っていたことになる。この点では、参考人招致の時のイーホームズ藤田社長の証言通りであろう。
 A事務所およびB社は、検査機関への通報に加えて、木村建設と総研にも姉歯設計の偽装を通告した。にもかかわらず、両社はその後も姉歯建築士と多くの仕事を続け、欠陥マンションやホテルが各地に建つことになった。

さらにそれから1年半後の今年10月、A事務所の代表は再び姉歯の図面を見ることになる。足立区にヒューザーが建てるマンションの建設を請け負った建設会社から、「必要な資材の量が少なすぎる。確かめて欲しい」という依頼を受ける。柱や梁が極端に細く少ない。その設計はやはり姉歯であった。それに対して今度は検査機関のイーホームズが建築確認を通していた。
代表はすぐイーホームズを訪れ、その担当者に「すぐ対応しなければ駄目だ」と忠告した。その忠告に従ったイーホームズは国交省へ報告し、この偽装事件が明るみに出ることになった。この公表に当たって、イーホームズ藤田社長と、ヒューザーの小嶋社長との間で激しいやりとりがあったらしいことは、国会の参考人招致時の証言から窺うことができる。
10月25日、イーホームズは工事中や着工前のマンション5件の構造計算書について姉歯による偽装があったことをヒューザーに報告している。ヒューザーの設計部長が、姉歯に連絡を取り、「既存物件でも(地震力の低減をしたものがある」ことを聞き出した。小嶋社長も少なくとも27日までにはその報告を受けている。
その27日に、小嶋社長も出席してイーホームズと会合が持たれた。公表したいとする藤田社長に対し、小嶋社長は「天災地震にて倒壊したときに調査し、発覚したことにしたい」「目をつぶってくれればいい」などと、完成済み物件を公表しないように主張したと藤田社長はいう(日経12月28日)。ヒューザーはその翌日、グランドステージ藤沢など3戸を引き渡している。
イーホームズの藤田社長は、自分たちがこの偽装事件を公表したとして、あたかも正義の味方のような発言を繰り返す。そして「今の制度では偽装を見抜くことは出来ない」と制度の欠陥に責任を転嫁する。しかしイーホームズはほとんど何もしないで検査料だけはちゃっかり取っていたのだから、とても褒められたものではない。
姉歯氏は国会で、イーホームズの審査について「明らかに通りやすいというか、見ていないというのが実情だと思う」と証言した。事実、姉歯氏は木村建設に対し、建築確認はイーホームズに申請するよう求めていた。明らかにイーホームズの責任も重大なはずである。
しかも実際に姉歯の設計にすぐ疑問を持った人が存在する。朝日「声」欄(11月29日と12月4日)にも、二人の1級建築士が、専門家ならすぐに見破ることが出来るという趣旨の投書をしている。姉歯氏自身、「偽装はすぐ見つかるだろう」と思っていたと国会で証言している。建築士ならずとも、建設に長年携わる現場の人達なら、常識から鉄筋が異常に少ないとすぐ気づくだろう。
その点で、鉄筋とコンクリートの量を減らすという、強力な指導をしたとされる経営コンサルタント「総合経営研究所」、あくまで法律の範囲内での削減を要求したと主張する「木村建設」、全く不正に気づかなかった検査機関、検査機関の建設確認を金科玉条として責任を逃れようとする売り主のヒューザー、すべての当事者の言い分は全く世間には通用しないものであろう。

今回の事件で、建築確認という重要な法的行為が全く機能不全状態であることが明らかになった。この点で国及び自治体の責任は大きい。そのためもあって、国は異例とも言える速さでマンション被害者に対する救済措置を打ち出した。その措置はほぼ妥当なものと一般に受け入れられているようである。しかし国交相を送り込んでいる公明党も、この事件に関しては無関係ではない。伊藤元長官より早く、11月上旬に山口那津男参院議員の秘書が、ヒューザーの小嶋社長を国交相に仲介している。また藤井一都議が代表を務める公明党大田支部に、小嶋社長は10万円の献金をしている。

一方12月20日、司直の手はオウム事件以来という大規模な強制捜査に乗りだした。罰金50万円という「建築基準法違反」を超えて、「詐欺」あるいは「宅建取引業法違反」などの適用が出来るのか、膨大な資料の読み込みだけでも大変だろう。もし関与企業が共謀したことが立証出来れば、罪が重い組織犯罪処罰法の「組織的詐欺罪」が適用出来る。事件の構図は、ほとんど「組織的詐欺罪」の実態を持つように思われる。

今回の事件関係者からの献金以外にも、厚労省所管の独立行政法人「雇用・能力開発機構」の助成金を不正受給していた疑惑で家宅捜索を受けた「水谷建設」から、現閣僚二人が、それぞれ400万円の献金を受けていたことも明らかになっている。川崎厚労相と松田科学技術担当相である。公金である助成金が、政治資金に流れていたともいえる。「後ろめたい企業は献金をする」、そんな法則があるような気がする。

今回の事件は我が国における「商道徳」が地に落ちていることを示すと同時に、小嶋ヒューザー社長の、「私が証言すれば国交省の人で、立場を失う人がいるのではないですか」という、脅しとも撮れる発言から伺えるように、政官業の癒着の構図も浮かび上がってくる。
10月の政治資金規正法の改正でも、透明度を高める努力は全くなされず、いまだにザル法のままである。日歯連をめぐる1億円ヤミ献金の未記載の責任がどこにあったのか、橋本元総理などに対する検察審査会での「不起訴不当」「起訴相当」の議決にも拘わらず、再び不起訴になったことでうやむやになりそうである。旧橋本派の政治団体で、実に15億円を超す繰越金が消えても、何ら問題にならない。長年繰り返し裏金処理が行われていた証拠である。

年末の感想を聞かれて、小泉首相は「忘れられない1年だった」と答えた。あの選挙大勝の余韻に浸っているのだろう。それにしても今回の事件への感想が一言も聞けないのは、やはり触れたくないものがあるのだろうか。政治と金、これこそ改革の絶好のテーマなのに、小泉首相からそんな熱気は全く感じられない。

              (2005.12.30)

14:19:00 | archivelago | | TrackBacks
Comments
コメントがありません
Add Comments
:

:

トラックバック