Archive for 15 December 2005

15 December

闘病は長期戦

 5日間の入院で、帯状疱疹の火は収まったため一旦退院したものの、強い後遺症が残ってしまった。右足全体が強く痺れ、足先を持ち上げる腓骨神経が麻痺して自分の意思で足先を持ち上げることが出来ない。神経には末梢の刺激を中枢に伝える求心性の感覚神経と、中枢の指令を末梢に伝える遠心性の運動神経とがある。痺れているのは感覚神経が異常をきたしていることであり、足を動かせないのは運動神経が麻痺していることである。
 帯状疱疹でこのようなことが起こるのは僅か0.2%しかないという。望ましくない「大当たり」である。その上、左の顔面神経の軽い麻痺を伴っている。左目の瞼が半分垂れ下がり、完全には閉じられず、口もゆがんで相貌まで変わってしまった。そのため一時脳の異常まで疑われてCTを撮ったが、これで見る限り脳には異常がないとのことであった。念のために年末にMRIを撮ることになっている。

 このような後遺症を治療すべく、12月5日から再び入院することになった。今回の目的は「帯状疱疹後神経麻痺」の治療である。期間は約1ヶ月。治療は1)ステロイドによる神経の機能回復への期待、2)神経ブロックによる神経周囲の血流増加、3)リハビリの3本柱。
 悪いことにかねてから境界領域にあった糖尿病が悪化していることが分かった。ステロイドはそれをさらに悪化させる可能性がある。そのため1日1400kcalという強い食事制限と同時に、インシュリンを3回の食事前に皮下注射して、血糖値の上昇を何とか防ぎながらの、綱渡り的な治療である。今後のために血糖値の測定も、インシュリンの注射も自分で出来るようになった。インシュリンの注射キットは実によくできていて、針が非常に細くほとんど痛くない。
それだけでなく、ステロイドには周知のように骨をもろくするとか、感染症への抵抗力を抑えるとか、ムーンフェイスになるとかの、重大な副作用が知られている。それをリハビリで体を動かして骨の脆弱化を防ぎ、手洗い・うがいの励行で感染を予防する心がけが必要である。飲む薬は10種類。普段、薬も栄養剤もほとんど飲まず、酒も飲まない我が身の肝臓君はさぞびっくりしていることだろう。
 
そのリハビリの一つとして、低周波刺激により筋肉の硬化を防ぐ方法が採られる。麻痺した足の下肢2カ所に電極を置き、パルス電流を流すと足先がぴくぴくと動く。電極の位置を変えて15分ずつ2回繰り返す。電流が流れるたびに結構痛い。まさに拷問の30分である。顔のマッサージをしたり、腕のストレッチをしたりして気を紛らわす。
顔面麻痺にも背中につけた電極と、顔のある一点の間で低周波をかける。顔の点は眉の上、目尻、眼の下、小鼻、口元の5カ所で、それぞれ5分ずつかける。電極の位置によってぴくぴくする筋肉が変わってくる。こちらの方は痛いということはない。
 自転車こぎ、足全体の温熱療法など、フルコースで2時間たっぷりかかる。両膝をゴムバンドで縛り、寝た姿勢で左右・上下への開脚訓練、足首のストレッチングは、自分の部屋で暇を見つけてやる。

 ペインクリニックで神経ブロックをしてくれるのは麻酔医である。座骨神経が腰椎から出るあたりの、神経繊維を包む硬膜の外に、マーカインという局所麻酔薬を注入する。針刺しはどうも手探りのようである。注入時間は10~15秒くらいか。たいして痛くはない。このあと血圧で異常をモニターしながら1時間安静にしていなければならない。
 顔面麻痺のためにも神経ブロックをするらしいが、医師によると「両方に薬液を注入するわけにも行かないので」ということで、こちらの方はレーザー光で首を10分間ほど温める。意外に数回かけると効果が現れるとのことである。その効果なのか、またはリハビリやステロイド療法などとの複合効果なのか、顔面麻痺は数日後にはっきりと改善が認められるようになった。完全には閉じられなかった左目が閉じられるようになった。口の歪みもかなり改善し、顔つきもほぼ元に戻った。
 しかしこの麻酔医によると、「簡単な病気ではないので、数ヶ月は覚悟して下さい」とのことである。確かに右足の痺れは相変わらずであるし、足先を持ち上げることはまだ出来ない。触ればびりびりした嫌な感覚しかなく、だらりと先が垂れ下がった足を見ていると、これが自分の足かと思えてくる。
ただ右親指から土踏まずにかけて、「ビリッ」とした痛みが走り、それが数秒おきに数回繰り返すという特徴的な痛みが、ここ2〜3日間遠になった。特に夜寝た姿勢でもそれが起こっていたので、3〜4回は目が覚めていた。そんなときには看護師に鎮痛剤をもらって飲んでいたが、その必要はなくなった。

 右足先の下垂を防ぐ装具をつければ、杖なしでも歩くことは出来る。しかし万一のことを考えて杖を使っている。杖というものは悪い方の足の反対側で使うものだと教わった。暇を見つけては病院内を歩き回る。骨が弱らないようにするためである。病院内だから色々な障害のある人がいて、杖をついていても違和感はない。
 リハビリ室では、老若男女、高度から軽度まで様々な障害者10数人が代わるがわるリハビリに励んでいる。中にはトレーナーが声をかけてもほとんど反応しないような老人もいる。老人には、恐らく脳卒中の後遺症が多いのだろう。若者の場合は事故による負傷によるものか。今日も中学生くらいの女の子が、トレーナーに付き添われてこわごわと歩いていた。世の中にはひっそりと色々な悩みを抱えている人が多いのだということがよくわかる。

 年も押し詰まってしまったが、例年なら今頃は年賀状作りに忙しいが、今年は年内にそれを用意することは出来そうもない。毎年、原則として自宅で咲かせたランの花をスケッチして、プリントゴッコで印刷する。今年は初めてリカステを描くつもりであった。その絵を楽しみにしてくれる人が何人もいるのだが、今年はがっかりさせてしまうだろう。

 今度の病気で家内の負担も非常に重くなった。これまでこちらの担当であった100鉢ほどの鉢物の世話が全部かぶってきた。夏ほどではないが、水やりだけでもかなりの時間を取られるはずである。日照状態で温室の窓の開閉も気を遣う。毎日の病院への面会も負担だろう。かねて幾つもの持病があって、こちらが世話することになるという想定はしていたが、逆になろうとは想定外であった。申し訳ないと思う。
こうなったら焦っても仕方がない。なるようになると覚悟を決めて、体の快復力を信じて、リハビリに努めてゆくしかあるまい。

                  (05.12.15)

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