Archive for November 2005

11 November

プリンターインクカートリッジのリサイクル訴訟に思う

 リサイクルされたプリンターインクカートリッジにインクを詰め替えたものを中国から輸入販売していることについて、特許権の侵害などとして、キャノンがリサイクルアシストを訴えた控訴審で、知財高裁は、裁判官5人による大合議によって審理することを決めた。判決は来年1月31日の予定。
 一審の東京地裁では昨年12月、リサイクルカートリッジの製造には特許権は及ばないとしてキャノンの請求を棄却し、キャノンが控訴したものである。この問題はたかがプリンターインクの問題であるが、リサイクルの価値、企業の利潤はどういう条件で社会的に正当と認められるかの問題を含み、かなり注目を集めそうである。
 
 そもそも問題の出発点は、プリンターインクの価格が「法外に高い」という印象を多くのユーザーが感じているということにあろう。すこし大判の写真や、インターネット画面を印刷すると、あっという間にインクが空という表示が出る。以前はカートリッジが半透明であったので、その様子を見ながらぎりぎりまで使い切れた。ところが最近のカートリッジは不透明で中の様子が分からず、機械の指示に従わざるを得ない。これもメーカーの陰謀かとひがみたくなる。
 黒とカラーを二つ三つ買うとすぐに数千円の出費になる。しかもそのプリンターを使う限り、そのメーカーのインクを買わないわけに行かない。少なくともその局面では競争は働かず、独占の弊害を嫌でも感じざるを得ない。その点でリサイクルインクは2〜300円は安いので、ユーザーは大いに助かる。いくらインクも研究を重ねた製品であるといっても、詰め替えインクを使ってプリントの品質にそれ程の差を認められないということは、インクそのものはハイテク製品とは言えないということだろう。

 偽札の印刷に利用されるほど、プリンター性能の向上には目を見張るものがある。まさにハイテクの塊と言えるだろう。それを可能にしたキャノンを初めとするメーカーの努力と技術力には敬意を表さざるを得ない。ところが皮肉なことに、ハイテクはハイテクなりに強力なライバルがあり、ハイテク製品であるプリンターというハードでは利益が出せない。そこでローテクの「消耗品」で儲けようというのはキャノンの昔からの戦略である。その意味でこの訴訟はキャノンにとって死活問題であろう。国際ハイテク高収益企業という名を恣にするキャノンの利益源が奪われることになるからである。ハイテクで儲けられず、ローテクで儲けるという利益構造が矛盾の根源である。ハイテクでの差別化なら、消費者もその差分の金を払う気になるだろうが、ローテクのインクで高負担を強いられるのは釈然としないのである。
 キャノンの御手洗社長が経団連の会長に選出された。これまで電力、製鉄、自動車の重厚長大産業から選出されるのを常とした経団連会長が、初めて軽薄短小産業の代表格キャノンから選ばれたということは時代の流れを感じさせる現象であろう。それだけに企業の利益の挙げ方の正当性について、新経団連会長がどんな考えを持っているかを問いたいのである。
 このキャノンの利益源が、プリンターインクという限られた局面であっても、いわば競争を阻害する独占的なやり方で消費者の負担を重くする戦略に乗っているとするならば、その社会的な正当性が問われるのではないか。ハイテク技術の開発というメーカーの重要な使命を達成した報酬として、消耗品での高利潤が認められるのかどうかということである。

 カートリッジの再利用が特許権侵害に当たる「新たな生産」なのか、インクの再注入は特許とは無関係の「修理」に当たるのかという、単なる法律的な字句の解釈に留まらず、その辺りのことも含めて、裁判所が判断を下すなら面白いと思うが無理な話か。知財高裁が大合議制によって判断を下すとしたからには、かなりつっこんだ判決を期待したいものである。

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05 November

二つの暴動に通底するもの

 10月27日夜、警察に追われていると思って変電施設に逃げ込んだアフリカ系2少年が、感電死した事故をきっかけにして始まったパリ郊外の若者達による暴動は、9日目を迎えた4日夜も収まる気配を見せず、地方にも波及する騒ぎになっている。一連の暴動で破壊された車は1260台、逮捕者は230人に達した。
 事件が発生した地域は、移民や移民の子孫を含め、失業者や低所得者が多い地区といわれる。フランスでこれほどの暴動が発生する土壌があったということには驚かされた。情報通には予想できたのかも知れないが、新聞・テレビでの僅かな情報しかない我々には意外であった。

 もう一つ、アルゼンチンのマルデルプラタで開かれている米州サミットに対するデモも、400km離れた首都ブエノスアイレスの銀行や商店が襲われる暴動に発展している。こちらの方は、米国主導の経済統合への反感だけでなく、イラク戦争を始めたブッシュ大統領への抗議的色彩も強い。元サッカー・アルゼンチン代表のマラドーナ氏も、「Stop Bush」と書かれたTシャツを着て先頭に立っている。3日夜には「反ブッシュ」を掲げる特別列車が、160人の文化人や運動家を乗せてブエノスアイレスを出発した。1980年のノーベル平和賞を受賞したアドルフォ・エスキベル氏らも、「ブッシュこそテロリスト」などと気勢を上げた。
 アルゼンチンは01年債務不履行に陥り、IMF主導下経済再建に取り組んでいるが、貧富の格差は拡大し、預金封鎖などで中流層も痛手を被った。米国主導のグローバル化、米州自由貿易地域FTAA構想と同時並行して進んだ貧困化のために、米国やブッシュ大統領への反感が大きい。従ってこちらのデモや暴動は十分予想できた。
 首脳会議の会場近くのサッカースタジアムで開かれた集会には数万人が参加し、反米姿勢を強めるチャベス・ベネズエラ大統領は、「ここがFTAAの墓場になる」と演説した。このような情勢下では、FTAAについての本格的な協議は行われない見通しである。01年の同会議で合意されていた年内発効は、ほぼ絶望的である。

 この二つの暴動は地理的にも離れ、全く違った条件下で起こったものである。フランスの場合には移民やそれに伴う宗教がからんでいて、アルゼンチンとは色彩をやや異にする。しかしそれに通底するのは「貧困」であり、世界的に進行する「不平等化」である。こういうデモ行為は、近年開かれるすべての国際会議、サミットで必ず見られる。近く韓国釜山で行われる予定のAPEC首脳会議でも、大規模なデモが懸念され、韓国政府は厳戒態勢を取っている。
 このような傾向は決してよそ事ではない。このことはグローバル化の名の下での、まるで不可避的潮流であるかのごとき論議に警告を発しているものと思われる。これまで筆者が繰り返し述べてきた日本での不平等の拡大は、市場主義による「効率」と、その制御による「公平」「平等」との折り合いをどこでつけるかという大きな問題を投げかけている。効率に偏りすぎると、社会の不安定性を増す。「改革を止めるな」というスローガンで進められる政策へも、監視の目は欠かせない。

 フランスではポスト・シラクを争うドビルパン首相とサルコジ内相が、対照的な動きを見せている。ドビルパン首相は、暴動が起こった地域の住民を首相官邸に呼んで対話を尊重する柔軟路線をとっている。それに対して、直接の治安責任者サルコジ内相は、暴動参加者を「社会の屑」と呼び、「寛容ゼロ」で臨むとテレビで宣言した。この発言がさらに暴動の火に油を注いだ。
 このような事態に臨んでの対症療法の効果は限られる。これは「対テロ戦争」についても同じ事が言える。即効性はなくても地道な「不平等解消」への政策的努力こそが、長い目で見ての社会の安定性を増すことにつながる。
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