Archive for 04 October 2005

04 October

夢の医療か、悪魔の技術か

 今夜のNHK「クローズアップ現代」は、韓国の研究者によって成し遂げられた、ヒトクローン胚からのES細胞(万能細胞)生成技術の衝撃を伝えていた。

 ソウル大学のファン・ウソク(黄禹錫)教授らは、ヒト卵子の核を抜き、それに患者の細胞を融合させ、その細胞を培養して胚性幹細胞(ES細胞)を作ることに成功した。理論的には個々の患者と生物学的に完全適合する幹細胞だから、目的とする臓器細胞に分化させる物質をこれに作用させることによって、その臓器の再生に利用することが出来る。これは他人の臓器を移植する場合と異なり、自己細胞だから拒絶反応が起こらない。従来不可能であった疾病の根本治療に結びつく可能性を持つ成果である。

 今回の研究では、脊髄損傷、先天性免疫不全、若年性糖尿病の患者の体細胞からとった核を移植してクローン胚を作製し、そこからES細胞を取り出した。このほか心筋梗塞で壊死した部分の修復、パーキンソン病で機能不全となった脳内黒質の置換、脳梗塞で壊死した部分の修復、腎不全患者の腎機能回復、糖尿病患者へのランゲルハンス島B細胞の供給など、応用範囲は極めて広いことが予想される。これが実用化されれば、多くの患者に極めて大きな福音をもたらすだろう。ただしうまく臓器特有の細胞に分化させるまでには、まだ遠い道のりがありそう。
 ソウル大学ではこの技術に関連する膨大な国際特許を出願済みだという。韓国では国を挙げてこの技術を支援している。韓国世論はファン教授の業績に熱狂的な声援を送っているともいう。確かにこの技術では受精卵からES細胞を誘導するわけではないので、「ヒトはいつからヒトになるのか」という難しい問題を引き起こさないで済む。

 ただこの技術は、その融合細胞を人の子宮に戻せば、直ちにクローン人間作成に結びつく。またこの技術にはヒトの卵子が大量に提供されなければならない。韓国では卵子の売買さえ広く行われているともいう。卵子提供には提供者に危険を冒させなければならないという、倫理的問題がつきまとう。
 そのためもあって、日本では動物実験レベルでの研究は、世界的に最も進んでいるにも拘わらず、ヒトレベルでの研究はほとんど行われていないという。このような生命化学分野での進歩が余りにも早すぎて、倫理上の議論や法律制定がそれに追いつかないのが現状である。これは極めて危険なことである。
 テレビで見る限り、ファン教授は倫理的問題を深く考慮しているようには見えず、研究者らしい一途さを感じさせる人物のようで、ちょっとブレーキをかけたくなった。韓国では今年1月には、幹細胞研究や遺伝子治療など先端医学を包括的に規制するアジア初の生命倫理法を施行した。同法に基づき大統領令で定めた17の難病治療の目的なら、ヒトクローン胚研究が可能になった。
 こういう研究はとかく規制の緩い国だけが突出しがちなのも皮肉な話である。研究者の中には人間的に問題のある人物は少なくないので、法的な規制は絶対に必要である、日本でも学会での議論を早急に進めると同時に、政治家も手遅れにならないように勉強して欲しいものである。
23:54:04 | archivelago | | TrackBacks